NEWS & TOPICS

接客で培ったニーズの探知力とリーダーシップ

幼少期

1971年9月22日

呉市警固屋町という音戸大橋のふもと
キャンプ場が近くにあるような
風光明媚な場所で生まれました。

 

親や周りの親族が教員という
保守的な環境で幼少期を
過ごしたのです。

 

高校生になり、進路を決める際に
親が教員だから「できて当たり前」
という目で見られるのが
嫌だったこともあり
教員ではない道を模索はじめます。

 

当時、イタリアンやフレンチレストランが
もてはやされていた時期でもあり
気がついたらソムリエを目指していました。

 




大阪の大手ホテルに就職

高校卒業後
ホテルマンに憧れ、
大阪の大手ホテルに入社します。

 

憧れのフレンチレストランに配属されるも
最初はお客様の前に出ることができない
バスボーイ(ウエイターの助手)としての
スタートでした。

 

蝶ネクタイを着用することはできず、
制服は茶色の詰襟です。

 

当時は上下関係が厳しく
先輩の指示には絶対従う時代
だったので

いつも先輩が何を望んでいるか
気にしながら行動していました。

 

それでも
「やるからには大成したい」
という思いで、夜遅くまで
ひたすら銀食器を磨くなど
下積みの仕事を
がむしゃらに頑張ったのです。

 

3年たってようやく
「アシスタントウエイター」の辞令がおり、
憧れの蝶ネクタイを手にできました。
ようやく接客ができるので
喜びもひとしおです。

 

レストランでの接客は
チームワークが必要です。
 

担当エリアが決まっており、
リーダーの指示に従い
それぞれの役割の
サービスをお客様に提供します。

 

うまく連携が取れて 
良いサービスができた時は
達成感があります。

 

独りよがりの仕事では
お客様に満足して頂ける
サービスができないことを
学びました。

 

ある年の
クリスマス前の繁忙期に
ミスがないように配慮していたのに
行き届かなかったことがあり
お客様からお叱りを
受けてしまうことがありました。

 

お怒りのお客様に一生懸命謝罪を
しましたが、
「もういい」と言って
出ていかれてしまったのです。

 

このことは当時の自分にとって
ショックな出来事でした。

 

後に冷静になって振り返ってみると
あの時は、
謝れば誠意が伝わると
思っていましたが、

「なぜそうなったか」

を考える余裕がなかった
ことに気がついたのです。

 

お客様がお怒りになった
原因の本質を捉えていたら
もっと違う謝り方があった
のかもしれません。

  

この出来事があってからは
さらに、でしゃばらず、
自分の考えを押し付けることなく
お客様のニーズを探り
隠れた要望に気づく能力を
磨きました。
 

このように現場での経験を積むことで
ウエイターという一つのコマではなく
レストランの統括を任されるようになった時に
全体を見渡して早い段階でトラブルの元を
キャッチしてケアできるようになったのです。

 

ウエイターとしての地位が上がってくると
新人の育成も行います。

チームで質の高い
サービスを提供するためには
協調性やほどほどの緊張感も必要
なのである程度厳しく指導して
いました。

 

憧れのワインソムリエとして

ソムリエ試験には
「5年実務に従事していること」
という受験条件があります。

 

ホテルに就職して5年が経ち
受験条件を満たしたのでいよいよ
ソムリエ試験にチャレンジすることに
しました。

 

試験内容は暗記も多く、
ホテルの仕事をしながら
受験勉強をするのは
はかなり大変です。

 

幸い、職場のソムリエの先輩が
親身になって色々教えてくれましたし、
ワインの教材が身近にあり
ロマネコンティなど
高級ワインを試飲する
機会にも恵まれました。

 

自身の努力と
先輩の協力も得られたことで
難関を突破し合格することができたのです。

 

合格後はソムリエとして、
ホテルの562ある客室の
全てのお客様用ワインと
葉巻の管理

 

レストラン、宴会、バーラウンジを含め
ホテル全体のワインの在庫管理、
や仕入れも担当する大役を
任されるようになりました。

 

特にフレンチレストランはホテルの顔であり、
リストに載っているワインの顔ぶれは
ホテルの格になります。

 

ワインの造詣が深いお客様の
期待に添える銘柄を取り揃えることに
心血を注ぎました。

 

海外の要人やビジネスの接待
結婚の両家の顔合わせなど
人生を左右する重要な場面での
接客も多くこなすようになります。

 

お客様の嗜好に合った
ワインを提供し
場を和ませることで

会話が弾み
良い方向にお話が
進むように配慮します。

 

会食が成功すると
お客様が喜んで
チップを下さることもあり
お役に立てた喜びを
感じました。
 
入社当初の
「お客様の晴れの日にソムリエとして
関わることで花を添え
思い出になる機会を作りたい」
という思いを実現することが
できて充実した日々を
送っていたのです。

 

しかし、
表の華やかさとは違って
職務はかなりハードです。

 

勤務時間は早番、遅番があり
通し勤務の時は
24時間働き続けて

 

休みの日は
疲れ果てて24時間寝る
という不規則な生活を
続けた結果、
体を壊してしまったのです。

27歳の時に
やむなくホテルを退職し、
広島に帰郷しました。

 

ホテルマン時代に培った
お客様の真のニーズを探り
それを満たすサービスを提供する能力

 

チームで仕事をする際の統率力は
現在の仕事においても力を
発揮しています。

 

 

 

 

 

 

 

ワイン商社に就職

広島ではワインの知識を活かして
ワイン商社に就職することが
できたのです。

 

入社直後から責任者として
仕入れや在庫管理、

 

店頭販売から、
百貨店(中国5県)、ホテルへの卸業務
を担当することになりました。

富裕層をターゲットに
美食の会を開き、コース料理に
ワイナリーのアイテムを
合わせていくイベントを開催したり

 

ワインの頒布会をするなど
マーケティングの手腕も
発揮して売上を伸ばすことに
成功しました。

 

その頃、妻と知り合い結婚
双子に恵まれます。

(その後1児を授かり、
3児の父となる)

 

ワイン商社の仕事は面白く
やりがいもありましたが、

 

一つ問題があるとしたら
それは転勤があることでした。

 

祖父母の協力が得られない
他県に転勤になると
双子の育児が大変なので
転勤のない仕事を探す
ことになったのです。

(後編に続く)

FAX:082-511-3345